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名古屋地方裁判所 昭和47年(行ウ)40号 判決

原告

中迫百合子

右訴訟代理人弁護士

太田耕治

被告

愛知県公安委員会

右代表者委員長

本多静雄

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

〈ほか八名〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「被告が昭和四八年一一月二〇日付で原告に対してなしたカーホテル百合香についてモーテル営業の廃止を命じた処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および予備的に「被告が昭和四八年一一月二〇日付で原告に対してなしたカーホテル百合香についてモーテル営業の廃止を命じた処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は、昭和四四年四月以降その肩書住所地において、「カーホテル百合香」の商号で、個室に自動車の車庫が個々に接続する施設であつて、個室に接続する車庫の出入口をしやへいできるようなとびらを備え、且つ車庫の内部から個室に通ずる専用の人の出入口が設けられた構造を有するモーテル営業を営むものである。

二、ところで、右のような構造を有するモーテル営業は、従来旅館業として旅館業法の規制を受けていたところ、昭和四七年七月五日、風俗営業等取締法の一部を改正する法律(以下、改正法という)、ならびにモーテル営業の施設を定める総理府令の、公布施行により、風俗営業の一種として右改正法の規制を受けることとなり、訴外愛知県はその規制のため、昭和四七年一〇月一三日風俗営業等取締法施行条例の一部を改正する条例(以下、本条例という)を公布施行し、その三一条の三において「法(取締法)四条の六第一項の規定により、個室に自動車の車庫が個個に接続する施設であつてモーテル営業の施設を定める総理府令(昭和四七年総理府令五三号)で定められるものを設け、当該施設を異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む)に利用させる営業を営むことができない地域として条例で定める地域は、別表三に掲げるとおりとする。」と規定し、その地域を別紙別表(一)記載のとおり定めた。

三、而して、被告愛知県公安委員会は、「被処分者(原告)は、昭和四四年四月一四日付四四指令豊保第六一―二号により愛知県知事から許可を受け、豊橋市松井町字仲沖一番地においてカーホテル百合香の名称で旅館業を営む者であるが、個室に自動車の車庫が個個に接続する施設であつて、モーテル営業の施設を定める総理府令(昭和四七年七月五日総理府令五三号)に該当する構造設備を用いてモーテル営業をする者は、昭和四八年一〇月一三日以降条例(昭和四七年一〇月一三日愛知県条例四八号)で定める地域においては営業を営むことができないことを知りながら、昭和四八年一〇月一八日午後一時三〇分頃から同日午後四時一〇分頃までの間、法令で定めるモーテル営業施設の構造設備を有する前記営業所において、異性を同伴した客二組(計四人)を休憩させ、もつてモーテル営業を営むことを禁止した地域においてモーテル営業を営んだものである。」として、改正法四条の六第一、第三項および本条例三一条の三に基づき、昭和四八年一一月二〇日付カーホテル百合香のモーテル営業の廃止を命ずる処分(以下、本件処分という)をなした。

四、しかしながら、本件処分は次のとおり無効である。仮りに無効でないとしても取消されるべきである。

1 改正法四条の六第一項は憲法上認められた職業選択の自由に対するいわれなき制約であるから違憲である。すなわち、モーテル営業はそれ自体何ら違法もしくは反社会性を有する営業ではなく、かつ改正法においてもモーテル営業そのものを違法としていないところからして、合法的な営業形態であることは明らかであつて、原告が右営業を継続することは憲法二二条一項の職業選択の自由の範囲に属し、法律を以てしても右営業を禁止することはできない。もとより公共の福祉の理念により営業の自由が制約されることはありうるが、本件においてはそのような公共の福祉はない。

また、風俗環境の面からみて特に高度の風俗を維持する必要の認められる地域においてのみモーテル営業を制限すべきであるとしても、改正法四条の六が一般的にモーテル営業の自由を奪い得るような授権の仕方を規定しているのは、公共の福祉の理念による制約の枠を逸脱し、職業選択の自由を保障した憲法二二条一項の趣旨に反する。

2 仮りにそうでないとしても、原告は昭和四三年二月頃以来全く適法な形態において「カーホテル百合香」を営業してきたものであるから、右営業の継続は財産権として保護されるべきである。しかるに、改正法四条の六第一項の規定は、その施行当時既にモーテル営業を営んでいる業者に対し、営業形態の変更もしくは営業の廃止の二者択一を強制するものであり、その結果、既に獲得されている営業上の権利を補償なくして奪うものであつて、営業者に対し営業形態の変更または営業の廃止に伴う多大の経済的負担を与えるにも拘らず、これに対する補償の規定を設けていないのは私有財産に対する補償なき収用であり、憲法二九条に違反して無効である。ちなみに、昭和四一年風俗営業等取締法および同法施行条例の改正により、個室付浴場業(いわゆる個室トルコ)の営業地域が制限された場合においても、新設業者に対する規制にとどまり、既設の業者に対しては規制が及ばなかつたものである。

3 更に、本条例が定める地域制限は、一般的かつ広範に過ぎ、改正法による委任の範囲を超えている。すなわち、改正法は、条例に対しモーテル営業を一般的に制約する権限を付与したものでなく、清浄な風俗環境が害されることを特に防止する必要のある地域に限つて制限する趣旨としても、具体的には学校、公園、宗教施設、住宅密集地等が考えられるのであり、本条例も右趣旨に基づき個々の事情に応じて具体的、個別的な指定がなされるべきである。しかるに、本条例は、前記改正法四条の六第一項の委任の趣旨を超え、地域の特殊性を考慮に容れず、行政区画に従つて一般的概括的に制限したものであるから、違憲、違法というべきである。

五、以上のとおり憲法に反する改正法四条の六第一項および本条例に基づいてなされた本件処分はもとより違法であり、その瑕疵は重大かつ明白であるから本件処分の無効確認を求め、予備的にその取消を求めるため本訴に及んだ。

(請求原因に対する認否および被告の主張)

一、請求原因一ないし三の事実はいずれも認める。同四および五の主張は争う。

二、モーテル営業の実体と弊害ならびにこれに対する風俗営業等取締法改正等について

モーテルは、本来アメリカその他自動車交通の発達した諸国において自動車による旅行者が宿泊する健全なホテルを意味するが、わが国ではその大半が右目的を異にし、自動車を利用する客が異性を同伴して性を享楽する不健全な施設として利用されている。モーテルがわが国に出現したのは昭和三四年頃からであり、モータリゼーションの普及と享楽的風潮の流行により年を追つて増加し、昭和四六年末現在全国で五、四〇〇軒に達する。愛知県下においても、昭和四三年頃から急激に増加しはじめ、昭和四六年末現在で、静岡県、埼玉県に次いで二七〇軒に達するが、これに伴い、県下市町村における殆どの幹線道路沿線、近郊住宅地、健全行楽地にモーテルが出現し、その派手な看板やネオン塔、モーテル特有の異様な外観と相俟つて近隣の清浄な風俗環境を著しく害しているばかりでなく、青少年の保護育成上有害な結果を惹起している。

ところで、昭和四七年七月五日公布施行にかかる風俗営業等取締法の一部を改正する法律、およびモーテル営業の施設を定める総理府令五三号は、モーテルのうち原告主張の構造を有するいわゆるワンルーム・ワンガレージ型式のものについて、密室性、秘匿性が他の構造のものに比し著しく高く、そのため多くの不健全な需要を醸成し、短期間のうちにかかる構造のモーテルを多数現出させ、近隣の清浄な風俗環境を害する原因となり、更に犯罪の発生率を高める結果となつているので、今回の規制の対象とされたものである。

三、職業選択の自由に対する侵害の主張について

憲法一二条および一三条は、憲法に規定する自由、権利といえども公共の福祉のために利用されなければならず、公共の福祉に反しない限り国政の上で最大の尊重を必要とする旨規定し、更に同二二条一項は、職業選択の自由につき重ねて「公共の福祉に反しない限り」享有できる旨定め、職業選択の自由が公共の福祉によつて制約を受けることを是認している。而して、原告主張の営業の自由が職業選択の自由に含まれるとしても、公共の福祉により制約されることは同様であつて、右営業の自由を制限することによりもたらされる利益と、これを制限しない場合に維持される利益を比較し、前者の価値が高い場合にその利益を公共の福祉として営業の自由に対する制約が許されると解すべきである。而して、今回の風俗営業等取締法改正は、前記のとおり、近年我が国において著しく増加したいわゆるワンルーム・ワンガレージ型式のモーテル営業がその高度の秘匿性のゆえに不健全な需要を惹起し、その結果、近隣の風俗環境を害し、犯罪を多発させる状況にあるため、これを防止して清浄な風俗環境を維持するため設けられたものであり、これに対し、モーテル営業の自由を制限しないことによりもたらされる利益は利用者の不健全な利用利益とその対価としてモーテル営業者が得る経済的利益であるから、モーテル営業の自由を制約することによりもたらされる利益の方がはるかに大きいことは明らかである。従つて、改正法四条の六はモーテル業者の自由な営業行為が社会に害悪を及ぼすことを防止する消極的制限として憲法によつて容認された合理的なものであり、憲法の理念に反するとする原告の主張は失当である。

また、改正法が規制の対象としているのは、先に述べた構造を有するものに限つており、更に、清浄な風俗環境が害されるのを防止する必要のあるものとして都道府県の条例で定める地域に限定しているのであるから、原告が主張するような一般的禁止にはあたらない。

さらに、モーテル営業は個人の経済的活動として、これに対する法的規制は立法府の政策的技術的な裁量に委ねられているものであるから、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白な場合に限つて違憲としてその効力が否定されるべきである。而して、改正法の前記立法理由に照らし、改正法について、立法府の裁量権逸脱がありその内容が著しく不合理であることが明らかであるとは到底いえない。

四、憲法二九条違反の主張について

改正法により禁止されるモーテル営業は、いわゆるワンルーム・ワンガレージ型式のものに限られ、その他のものについては規制が及ばないから、右改正法はモーテル営業の権利の内容、行使の権限に一定の制約を加えるが、権利を剥奪しまたは剥奪したと同視される制限とはいえない。従つて、憲法二九条三項適用の余地はなく、補償を必要としない。

原告は昭和四一年の風俗営業等取締法改正による個室トルコの地域的規制との比較から本件についても補償されるべきであると主張するが、個室トルコの場合は、施行地域においては営業が全面的に禁止されたのに対し、本件にあつては、前叙のとおり一定の構造設備を有するモーテル営業が禁止されたにとどまり、旅館業としての営業はもとより改正法四条の六および総理府令五三号に抵触しない限り存続が認められ、しかも改造等のため一年間の猶予期間が与えられているから、事案が異なるというべきである。

また、改正法および総理府令五三号に定める構造設備を有するモーテルでも、改造して規制を免れることは物理的に不可能ではないし、これに要する費用も一般にさほど多額ではない。従つて、改正法の施行によりモーテル営業者が若干の不利益を被るとしても、その立法理由に鑑み、右不利益は社会生活上当然受忍されるべきものの範囲内に属するのであり、憲法二九条三項に基づく、補償を必要とするものとは解しえない。仮りに、そうでないとしても、改正法の定める規制はモーテル営業者すべてに対し一般的に課せられる犠牲であつて、特定個人たる原告ひとりに課せられるものではないから、憲法二九条三項の適用はないというべきである。更に百歩を譲り、本件が財産権の制限に基づく損失を補償すべき場合にあたるとしても、前記のとおり一年間の猶予期間があつて、その間に施設の一部改造により容易に適法に営業を継続する途があるのであるから、右期間が実質的に補償の性質を有する。従つて、改正法四条の六が何ら補償に関する規定を設けていなくとも、憲法二九条三項に反するとはいえない。

五、本条例が合憲であることについて

改正法四条の六第一項は、文理上「……モーテル営業が営まれることにより清浄な風俗環境が害されることを防止する必要のあるものとして都道府県の条例で定める地域においては……」と規定していること、および風俗環境は地域住民の生活と密接な関係があつて、法により画一的に定めるのは不適当であり、最も事情に精通する当該都道府県がより実情に即した判断ができるとの実質的理由からして、改正法は清浄な風俗環境が害されることを防止する必要があるとの判断を当該都道府県に委ね、その指定した地域をモーテル営業の規制地域とすることができる旨定めていると解すべきである。愛知県議会は、右の趣旨を受けて、昭和四七年一〇月一三日、愛知県条例四八号風俗営業等取締法施行条例の一部を改正する条例を制定し、原告の営業地を含むその主張の各地域を規制地域としたものであつて、その地域面積は県下総面積の89.3パーセントであるが、他県に比べると比率の少ないほうである。従つて、愛知県において前記改正法の趣旨に則り、本条例で規制地域を右のとおり定めたことは、何ら改正法の委任を超えるものではなく、その地域選定にあたつて、学校近傍等に限定すべき根拠はない。仮りに、当該都道府県の主観的判断ではたりず客観的な必要性が要求されるとしても、都道府県の条例制定権は憲法九四条により付与され、また、財産権が条例によつて制約されることが認められる以上、右客観的必要性の判断は、結局、営業の自由と清浄な風俗環境のいずれを重視するかという立法政策論に帰着し、当該地方公共団体がその裁量的判断を逸脱し、その法的規制措置が著しく不合理であることが明白な場合でない限り、これを違憲とみるべきでない。ところで、本条例の地域を指定するにあたつては、1都市および農村等の住宅地域、文教地区に限らず、清浄な風俗環境を保持する必要がある地域住民の生活圏およびこれに準ずる健全な行楽地等を対象とする、2地域の風俗環境の実態に則し、かつ地域住民の意向を尊重した適切な禁止地域を定めるため、あらかじめ関係市町村長の意見を聴取する、3公共の福祉と営業の自由との関係を慎重に勘案し、地域の実情に応じて、必要にして妥当な指定をする、4指定方法は禁止地域を市郡町村別に原則として行政区画によつて指定する、5自然公園法二条一号にいう自然公園の全区域を禁止地域とする等の基本方針に則つたものであつて、立法政策論としてこれと異なる見解もありえようが、本条例の定め方については十分合理性があり、少なくとも、愛知県議会がその裁量的判断を逸脱し内容が著しく不合理であることが明白ではないというべきであるから、本条例を以て違憲とみることは誤りである。

第三、証拠〈略〉

理由

一被告愛知県公安委員会は、原告に対し、改正法四条の六第一項、第三項および本条例三一条の三に基づき、昭和四八年一一月二〇日付本件処分をなしたこと、その処分事由は「被処分者(原告)は、昭和四四年四月一四日付四四指令豊保第六一―二号により愛知県知事から許可を受け、豊橋市松井町字仲沖一番地においてカーホテル百合香の名称で旅館業を営む者であるが、個室に自動車の車庫が個個に接続する施設であつて、モーテル営業の施設を定める総理府令(昭和四七年七月五日総理府令五三号)に該当する構造設備を用いてモーテル営業をする者は、昭和四八年一〇月一三日以降条例(昭和四七年一〇月一三日愛知県条例四八号)で定める地域においては営業を営むことができないことを知りながら、昭和四八年一〇月一八日午後一時三〇分頃から同日午後四時一〇分頃までの間、法令で定めるモーテル営業施設の構造設備を有する前記営業所において、異性を同伴した客二組(計四人)を休憩させ、もつてモーテル営業を営むことを禁止した地域においてモーテル営業を営んだものである。」というにあること、原告は、昭和四四年四月頃からその肩書住所地において「カーホテル百合香」の商号にてモーテル営業を営んでおり、その構造設備が、昭和四七年総理府令五三号に定める構造設備に該当すること、および、原告は、肩書住所地において昭和四八年一〇月一三日以降右構造設備を有するモーテル営業を営むことができないことを知りながら、同年同月一八日異性を同伴した二組の客に利用させたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。而して、原告が本件処分をうけるに至つたのは、右構造設備を有するモーテル営業は従来旅館業として監督官庁の監督下にあつたところ、昭和四七年七月五日風俗営業等取締法の一部を改正する法律およびモーテル営業の施設を定める総理府令の公布施行により、風俗営業の一種として右改正法の規制をうけ、モーテル営業のうち前記の構造設備を有するものは、右営業が営まれることにより清浄な風俗環境が害されることを防止する必要のあるものとして都道府県が条例で定めた指定地域内においてその指定より一年後は営むことができなくなつたためであることは明らかである。

二ところで、原告は、右改正法四条の六第一項は憲法二二条一項にいう職業選択の自由に対するいわれなき制約として違憲であり、また憲法上保障された営業の自由を侵害すると主張する。

ところで、憲法上、職業選択の自由は、一般に自らの従事すべき職業を決定する自由のみならず、すでに選択した職業を実際に行なう自由を含むと理解することができ、かつ、広く経済的活動という面からみれば、職業選択の自由といい、営業の自由といつても、ともに経済的活動の自由に関するものということができるので、かかる観点に立ち、原告の右主張について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  モーテルは、モーターリストホテルの略称で、本来はアメリカその他自動車交通の発達した諸国において自動車による旅行者が宿泊するホテルを意味し、我が国においては、昭和三四年年頃から出現しはじめるようになつたが、このモーテル営業は、その大半が本来の目的とは異なり、個室に自動車の車庫が個個に接続するいわゆるワンルーム・ワンガレージ型式の施設を異性同伴客に利用させる特殊な業態であることから、専ら性の享楽場所として利用されることが多く、また、社会的にもそのように認識されていること。

2  右のような構造を有するモーテルは、享楽的な風潮やモータリゼーションの普及を反映して全国的に増加の一途を辿り、特に昭和四三年頃以降は著しく増え、昭和四六年末現在全国で五、四〇〇軒のモーテルが設置された。愛知県下においては、昭和三七年に開設されたのが最初で、その後年間数軒程度の増加に過ぎなかつたが、昭和四一年一四軒、同四二年二三軒、同四三年七一軒、同四四年五二軒、同四五年六八軒、同四六年三八軒と開業数は急激に増え、しかも県下の殆どの幹線道路沿線、近郊住宅地、健全行楽地等にも出現した。そして、この増加の傾向は全国的に今後なお続くものと推測されたこと。

3  ところが、前記のワンルーム・ワンガレージ型式のモーテルの構造設備に特有の密室性ないし秘匿性が高いことから不健全な需要が醸成され、モーテルの著しい増加に伴い、一般の旅館における場合と比較して種々の弊害、特に年少者や、一般の女性が自動車でモーテルへ強制的に連れ込まれることをはじめとし、少年グループが不純異性交遊の場として利用するほかシンナーの乱用または万引の謀議をこらす場とする等の弊害が全国各地に相次いで発生し、青少年に対し風俗上好ましくない影響を与えるばかりでなく、モーテル周辺の清浄な風俗環境を害すること甚しく、因に一般の旅館、ホテル一軒当たりに対するモーテル一軒当たりの犯罪発生比についても、昭和四六年現在において窃盗罪については三倍、強盗罪については八倍、強姦罪については一二倍、強制わいせつ罪については二一倍に達したこと。

4  そのため、とくに昭和四六、七年頃以降当該地域住民、地域社会から強いモーテル反対運動が全国各地に起こり、幾つかの市、町においては法律による規制を待つことなく独自に条例によるモーテル規制がなされるなど、モーテル反対の世論が強くなり、改正法が提案されるに至つたが、国会における改正法案審議の際にも、構造の如何を問わずモーテル自体の禁止を要求する意見がかなり強く展開されたこと。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

右に認定したところによれば、改正法四条の六は、性の解放という風潮を反映して特に昭和四三年頃から全国各地の住宅近郊地域等において急増し、今後もなおふえるものと予測されたモーテルの大半が、個室に自動車の車庫が個個に接続することにより密室性ないし秘匿性のある施設を異性同伴客に利用させる特殊な業態であることから、不健全な需要を増加させ、前記犯罪非行が頻発し、住宅近郊地域、健全行楽地域等における清浄な風俗環境が著しくそこなわれ、青少年の健全な育成を害することが甚しいので、前記性の解放ないしは性の享楽といつた風潮の当否はさておき、右の弊害を除去するためには、少くともモーテル特有の前記密室性ないし秘匿性のある構造を有するモーテルに限定して規制すれば当該地域の清浄な風俗環境が害されることもないし、結果的にはモーテル特有の性犯罪その他の犯罪を防止することもできるであろうとして制定されたものということができる。

ところで、憲法二二条一項は、国民の基本的人権の一つとして、職業選択の自由を保障するところ、ここにいう職業選択の自由は、いわゆる営業の自由を包含することは先述のとおりであるが、営業の自由といえども絶対無制限に保障されるものではなく、公共の福祉の要請に基づき、制約が加えられる場合のあること同法条の趣旨に照らし明らかである。而して、モーテル営業という個人の経済的活動に対する規制は、個人の自由な活動からもたらされる諸種の弊害が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができない場合に、消極的に、右弊害を除去または緩和ずるために必要かつ合理的な規制である限り、その法的規制が許されると解すべきである。これを本件についてみるに、先に認定したとおり、改正法四条の六は清浄な風俗環境が侵害されることを防止するためには、少くとも、その構造上密室性ないし秘匿性の高いいわゆるワンルーム・ワンガレージ型式の構造設備を有するモーテルだけに限定して、しかも各都道府県の条例が定める禁止区域内において一年の猶予期間後はその営業を規制することができることとし、結果的にも犯罪が防止できるとの合目的な考えから設けられたものであるから、かかる規制は前記各弊害を除去するため、やむをえない相当の規制というべく、必ずしも不合理なものとみることはできない。〈証拠〉によれば、改正法施行後は格別モーテル営業に対する地域住民の反対の声が聞かれることがないうえ、約一年半経過した昭和四八年末現在におけるモーテル内の犯罪発生状況も、漸次減少の傾向にあることを認めることができ、このことからみても、前記規制は相当として首肯することができる。従つて、本件モーテル規制は公共の福祉のためやむをえないものということができる。

原告は、従来適法として認められてきたモーテル営業を規制するのは営業の自由に反する旨主張するが、一般に、営業の自由は純粋な精神的自由と異なり、経済的活動として他人の生活と密接な関連を有するものであつて、すでに説示したとおり、モーテル営業の急増に伴う諸種の弊害の多発という社会状況の変遷に応じ、右弊害を除去するため、従来法的規制の埓外にあつたモーテル営業が新しく法規制の対象となり、前記内容の制約を受けるに至つたのであつて、殊に右規制は、いわゆるワンルーム・ワンガレージ型式の構造設備を有するものに限つており、しかも、都道府県の条例において清浄な風俗環境が害されるのを防止する必要のある地域として指定する地域に限つて規制するものであることは先にみたとおりであり、従つて、一般のモーテル営業を全面的に禁止したものではないことからみても、本件規制が憲法二二条一項に反するということはできない。

三次に、原告は、改正法四条の六がその施行当時既にモーテル営業を営んでいる業者に対し営業形態の変更もしくは営業廃止を強制し、その結果、業者に多大の経済的負担をかけるにも拘らず、何らこれに対する補償を考慮しないのは、私有財産に対する補償なき収用であるから、違憲である旨主張する。

而して、モーテル営業の継続は一種の財産権行使というに妨げないところ、本件規制により、従来いわゆるワンルーム・ワンガレージ型式構造設備のモーテル営業を営んできた業者がその営業を継続するためには、必然的に右構造設備を改造しなければならず、また改造しないまま営業を継続する者に対しては営業廃止の処分がなされるのであるから、右は一般的にその財産権の行使を制限するものであり、既設業者に対し経済的不利益を与えることは疑いがなく、改正法がその損失を補償すべき何らの規定を設けていないことも明らかである。しかし、かかる制限は、先に説示したとおり、諸種の弊害を除去し、公共の福祉を保持する上に社会生活上やむをえないもので、モーテル営業という財産権を有する者が等しく当然受忍しなければならない責務であり、いわば、公共の福祉に適合すべくモーテル営業に当然に内在する制約であるといわなければならない。従つて、右制限を課するにあたり、損失補償はこれを必要としないと解するのが相当であるから、何ら補償に関する規定のない改正法が憲法二九条三項に違反し無効であるということはできない。

原告は、昭和四一年法律第九一号風俗営業等取締法改正によるいわゆる個室トルコの地域的規制が既設業者に及ばないこととの比較において、本件についても補償を要すると主張する。なるほど、昭和四一年風俗営業等取締法一部改正による同法四条の四第三項は、いわゆる個室トルコを新設する場合に限つて地域的規制の対象とし、従来からの営業継続を認めるが、右は同法等の規定の施行または適用の際現に公衆浴場法二条一項の許可を受けていわゆる個室トルコ業を営んでいる者の当該浴場業にかかる営業に限り規制しないというのであるから、個室トルコの場合は、既設業者に限り、かつ、当該浴場業にかかる営業に限り営業の継続ができるのであつて、いわば、その者の一代限りであることからみると、規制地域内における既設のいわゆる個室トルコだけは時の経過によりその漸減をはかる程度で善良の風俗を害する行為を防止せんとするものであること明らかである。これに対し、モーテル営業の場合は、先に認定したところによれば、いわゆるワンルーム・ワンガレージ構造特有の密室性ないし秘匿性に基因する諸種の弊害を除去するためには、緊急に規制しなければならない必要性があるものであることは容易に推認できるところ、既設業者の利益のために直ちに規制することなく、一年の猶予期間の後はこれを禁止するに至つたものと思料せられるから、もともと右個室トルコの場合と同一に論ずることはできないので、原告の右主張は失当というべきである。

四本条例の違憲、違法の主張について

改正法四条の六第一項は、いわゆるワンルーム・ワンガレージ型式モーテル営業が営まれることにより清浄な風俗環境が害されるのを防止する必要のある地域に限つて規制すべく、その地域指定を都道府県の条例に委ねている趣旨とみるべきことさきに説示したとおりである。そして、訴外愛知県は、その規制のため、昭和四七年一〇月一三日本条例を公布施行し、その三一条の三において「法(取締法)四条の六第一項の規定により、個室に自動車の車庫が個個に接続する施設であつてモーテル営業の施設を定める総理府令(昭和四七年総理府令五三号)で定められるものを設け、当該施設を異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む。)に利用させる営業を営むことができない地域として条例で定める地域は、別表三に掲げるとおりとする」旨定め、別紙別表(一)記載のとおり原告営業地の豊橋市を含む各地域を指定したことは当事者間に争いがない。

しかるところ、原告は、本条例が右のとおり規制地域を定めたことに対し、改正法の委任の範囲を超えてモーテル営業の自由を制約するものであるから、違憲、違法である旨主張する。

そこで、本条例制定の経緯等についてみるに、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  愛知県が本件規制地域を指定するに当たり、本条例の草案作成を担当した同県警察本部防犯部保安課が採つた基本方針は、(一)都市および農村等の住宅地域文教地区等に限らず、清浄な風俗環境を保持する必要がある地域住民の生活圏(自動車利用圏を含む)およびこれに準ずる健全な行楽地等を対象に規制地域を定めること、(二)地域の風俗環境の実態に即し、かつ、地域住民の意向を尊重した適切な禁止区域を定めるため、あらかじめ関係市町村長の意見を十分聴取すること、(三)地域指定に当たつては、公共の福祉と営業の自由との関係を慎重に勘案し、地域の実情に応じて、必要にして妥当な指定を行なうこと、(四)地域の指定方法は、禁止地域を市、町、村、郡名を挙げ、原則として行政区画によつて指定すること、および(五)自然公園法二条一号にいう自然公園の全区域を禁止地域とすること、以上の五点であること。

2  右(一)および(四)について、地域指定の方法としては、最小行政区画を単位とせず、特定の住宅地域または文教地区あるいはさらに狭く特定の学校その他の施設を中心として、その周辺○○メートルと指定する方法も考えられたが、この方法を採ると、指定地域の外圏に、これを取り囲む形でモーテルが建設されることが予想され、従つて当該地域の清浄な風俗環境の破壊を十分に防止し得ない虞れがあるばかりでなく、指定地域と非指定地域とが複雑に錯綜するため、法的安定性が確保されなくなる虞れが懸念されたこと。そこで、本条例制定の基本方針としては右の方法によらず、原則として最小行政区画を一単位として指定する方法を選んだこと。

3  かくて、県警防犯部保安課は、前記五項目に亘る基本方針に基づき、規制地域指定の具体的基準として、「人口密度、都市計画地域の指定の有無、青少年関係施設の有無、都市からの行動圏を総合的に考慮して、清浄な風俗環境を保持する必要がある地域住民の生活圏および健全行楽地を対象に最小行政区画を一単位として指定する。」という基準を定めた。すなわち、

(一)  人口密度について

昭和四七年七月当時、愛知県下市町村の人口密度は、同県企画部統計課作成の人口統計資料である別紙別表(二)愛知県市町村別人口、面積、密度状況一覧表記載のとおりであつて、原告のモーテルが在る豊橋市はもとより、人口密度の高い地域には、学校、住宅地域および文教地区等が多いことからモーテル規制の必要性が大きく、反面、人口密度の極端に低い地域(いゆる過疎地帯)にあつてはその必要性も低いため、同表記載の市町村のうち人口密度一〇〇人未満の一四町村を除く全ての市町村をモーテル営業規制区域に指定することが望ましいとされたこと。

(二)  都市計画区域指定の有無について

都市計画法五条一項に基づく都市計画指定区域は、人口、就業者数、土地利用、交通量等を勘案し、一体の都市として総合的に整備、開発、保全が必要とされる地域であつて、モーテル規制が要請されるところ、本条例制定時には別紙別表(三)都市計画区域市町村一覧表記載のとおり愛知県下において前記人口密度一〇〇人未満の一四町村を除き、一九区域(豊橋市をはじめ二九市四〇町五村)を右指定区域とすること。

(三)  青少年関係施設について

前記都市計画非指定区域の一四町村のうちでも、額田郡額田町には愛知県屋外教育センターおよび県営本宮山ロッヂがあり、東加茂郡足助町は東海自然歩道があり、南設楽郡鳳来町には鳳来寺山自然科学博物館、長篠城址史跡保存館、鳳来寺山麓青少年旅行村、孔岩町バンガロー村、県民の森キャンプ場、棚山高原キャンプ場、鞍掛山麓民宿村および鳳来寺バンガロー村があり、作手村には作手村青少年の家が設けられているので、これら青少年のための文化施設、野外活動施設が存在する右額田町、足助町、鳳来町および作手村については、モーテルの存在は青少年の健全な心身の育成を目的として設けられた右諸施設の意義を減殺する意味で規制が必要とされたこと。

(四)  都市からの行動圏について

近時におけるモータリゼーションの発展と大都市近郊の市街化傾向からみて、別紙別表(二)記載県下各市町村のうち、人口七万人以上の一七市の各中心部から半径二〇キロメートルの範囲内はモーテル規制が必要と考えられ(但し、西加茂郡小原村および東加茂郡旭町はいずれもその一部が瀬戸および豊田の両市の中心点から二〇キロメートル内にあるが、右両市からの交通網が十分でないので除外する)、また、渥美町は近隣の豊橋市から二〇キロメートル以上離れているが、同町の人口密度は一平方キロメートル当たり298.2人と相当高いうえ、夏期には海水浴場として賑わうことから、前同様モーテル規制が必要と思料せられたこと。

(五)  自然公園について

自然公園法二条一号に規定する国立公園、国定公園および都道府県立自然公園は、すぐれた自然の風景地を保護するとともにその利用の増進を図り、もつて国民の保健 休養および教化に資するために設置されたものであるから、これらの公園区域は、清浄な風俗環境を維持することが特に強く要請されたこと。

4  以上のように、県警防犯部保安課において、モーテル営業が営まれることにより清浄な風俗環境が害されることを防止することの必要な地域として、県下市町村の人口密度、都市計画区域指定の有無、青少年関係諸施設の有無および人口七万人以上の都市からの行動圏を総合検討した結果、北設楽郡富山村、豊根村、設楽町、稲武町、津具村、東栄町、東加茂郡旭町および西加茂郡小原村の四町四村を除く地域と自然公園の区域を指定した本条例案を作成したが、これに先だち、市町村長中モーテルが四軒以上ある名古屋市はじめ一二市町村長の意見を聴取したほか、さらに、右条例案を県下八八市町村長に対し提示して意見を求めたところ、北設楽郡富山村(反対)および小牧市(意見留保)を除くすべての市町村長は右案に賛成したこと。

5  右の各経過を経た後、条例案は県議会に提出され、審議のうえ原案どおり可決され、愛知県知事は昭和四七年一〇月一三日これを公布し、同日施行されるに至つたが、因に、全国主要都市における総面積に対する規制除外面積比をみるに、昭和四八年一月三〇日現在において、神奈川、福岡両県は除外地域を全く認めなかつたところがあるほか、東京が0.00013パーセント(除外地域面積約0.285平方キロメートル)、静岡が0.0007パーセント(同0.056平方キロメートル)、その他岐阜、三重、大阪、兵庫においても除外地域が非常に狭いのに反し、愛知県においては、10.3パーセント(同五二八平方キロメートル)であつて、広島と並び、右各都道府県に比べ、除外地域がはるかに広いこと。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

而して右認定事実によれば、本条例が、原告主張にかかる文教地域、住宅密集地域等に限ることなく、別紙別表(一)記載のとおり指定したことは、十分な合理性と必要性を有するものであるから、右指定を以て、改正法四条の六第一項による委任の趣旨に反したものとみることは到底できない次第である。してみれば、本条例の違憲、違法をいう原告の主張は理由がないといわなければならない。

五、以上のとおりであつて、改正法四条の六の規定は合憲であると同時に、本条例もまた合憲適法であるから、これらに基づいてなされた本件処分は適法なものということができる。

従つて、原告の本訴および予備的請求はすべて理由がないのでいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山田義光 鏑木重明 樋口直)

〈別表(一)、(二)、(三)省略〉

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